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――イメージをカタチに(中島工芸)――
・ 定義 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 一、歴史的変換。 ・原始 :「血縁社会」 狩猟・採取などを生活の糧とし、 共通の先祖・神話・祭儀等が、彼ら共同体の絆(きずな)となる。 ・古代・中世 :「地縁社会」 農業を生活の糧とする。 同じ土地、水の流れを利用する者たちの、共同の農作業・共同の財産(土地)が、 彼ら共同体の絆(きずな)である。 ・近代 :「職縁社会」 給与所得、あるいは系列・関連など、 企業組織とのなんらかの係わりの中で、生活の糧を得る。 経済的利害関係、あるいは職場・職業の中での「相合扶助」が、 彼らの共同体の絆(きずな)である。 消費も娯楽も冠婚葬祭も、すべて職場職業の縁で行う。「会社人間」。
第2次大戦の失意と廃墟の後、 日本は、官僚組織と大企業の主導の下、 規格量産型産業社会を築き、 世界に類のない公平で平等な、理想の先進工業国を実現した。 ……、省略。 @ 経済システム(官僚主導・規格量産型・業界協調体制) 大企業を頂点とする「ピラミッド」構造。 「ピラミッド」の上下において、幾重もの階層が存在するが、 実際には、彼ら上下階層間での所得格差は、さほどない。 名目・身分上の格差はかなりあっても、 実質における所得格差は、さほどない。 A 人材 規格大量生産の現場に適した人材(労働力)とは、 辛抱強く、協調性が高く、個性や独創性に欠ける人材である。 従って、個性や独創性を必要とする分野では、 地域や企業組織からも排除され、社会的偏見に耐えねばならない、 「疎外」された存在となる。 B 教育 上記の経済システムの要請から、教育の目的は、 辛抱強くて協調性が高く、均質的な技能と知識と価値観を持ち、 個性と独創性のない人間を、 いかに効率よく大量に育てるかに集中している。 C 自己表現 自身のうちに、個性と独創性を欠く為、自己表現は、 自己の内実に係わり無く、表面的な体裁と「物」が重要視される。 自己を見失っている。 所得格差がさほどない為、同一平面上での、うわべだけの体裁を競うものとなっている。 「体裁」だけであり、中身はほとんど無頓着である。 表面的な「体裁」だけが、重要視される。 D 価値基準(購買パターン) よって、価値判断は、その実質(例えば、用途や機能など)と係わりなく、 ブランド(メーカー)か否か? 同一規格内での、値段が安いか高いか? 「ピラミッド」の上か、下か、中か?である。 それが自分にとって、どうして必要なのか、何のために使いたいのか、などというのは、 ほとんど感心がない。要は、まわりと同じであり、 かつ、それよりも幾分なんらかの高級感がでているか否か? …だけである。 自己と他を区別するのは、 あくまでも、職縁社会という「ピラミッド」の中での上下関係であり、 ここにおいて、自己の「個性」と「自律性」が全く欠落している。 〜以上、職縁社会なるコミュニティは、 主として近代明治以降に発生し、第2次大戦後に方向付けられ、50年代に確立し、 60年代に急速に発展し、70年代に完成し、80年代に成熟し、 そしてバブル崩壊以降90年代、衰退・分解を余儀なくされている。、 三、変貌するコミュニティ。 21世紀、「職縁社会」はその内容を、大きく変質せざるを得ない。 それと共に、何か異質のコミニュティ(共同体としての意識)が、出現する。 価値基準(又は購買パターン)も大きく変わる。 個性と独創性が要求される。 多様性と多元性が、消費者のニーズとして、求められて来る。 大規模規格量産のメリットは、限りなく薄れて行く。 商品は、表面上の規格、あるいはメーカーにこだわる事なく、 その実質たる内容によって、 じっくりと吟味・選考される事になる。 (参考図書:ドラッカー「断絶の時代」1969。) index(索引)<concept(概念)<業務日誌< 三田市 中島工芸。
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