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――イメージをカタチに(中島工芸)―― 「情報革命について」 ・・・・・・。 少し独善ではないかと、気が引けますが、 投稿させて頂きます。 僕は、外構・造園工事の「一人親方」です。 __________________________________ 近所の、同業者の「展示場付きの店舗」が閉鎖されました。 最後までガンバッテた業者です。 これで、市内及びその周辺での「展示場付きの店舗」は皆無になりました。 いまどき、メーカー直系でもないのに、 展示場を構える事自体、時代遅れなのかも知れません。 お客様への「見積り総額」の 10%が展示場の維持費。 15%が事務員・監督・オペレーターの給料、そして社長(または債権者)への配当金。 15%が営業マンへの歩合給。 残りの60%で下請けにだす。 間にもう一社噛めばもっと少なくなる。 不景気で、固定した下請け先を維持できなくなってるので、 そうした傾向はあります。 仮に、メーカー系列の業者さんにしても、 会計上の「名目」が変わっても、 消費者から末端業者に至るまでの、原価構成はほとんど同じと思います。 〜どうですか? こうしたシステム=業態、とても不合理に思えませんか? 確かに、販売費・管理費・各種引当金などは必要不可欠なもです。 しかし、それを現実に機能させている「システム」、 組織の仕組みと業務のあり方自体が、 とても時代遅れなような気がするんですけど。 「薄利多売」とか「安さで勝負」というのも、 的はずれです。念の為。 そうした同業者も行き詰まっています。「系列」がそうです。 傍で見ていると、もっともヤバイのが「系列」業者です。 業務で欠けているのは、熱意でも「やる気」でもありません。 まして、資本力や設備の優劣でもありません。 「問いかけ」だと思います。 自己の業務の存在意義・存在理由への、不断の「問いかけ」だと思います。 いかがでしょうか? ____________________________________________________________________________ 誰もが仕事を探しています。 しかし誰も、仕事そのものを創ることはしません。 誰もが、何とかしなければと思っています。 しかし、誰も何もしようとしません。 いままでの常識とやり方にしがみついて、 死に物狂いで同じことを繰り返すだけです。 そこから抜け出すようなことは決してしません。 これまでのように、「誰か」が何とかしてくれると思い込んでいる。 (自分のことを、他人が何とかしてくれる訳などあり得ない。 自分と他人が入れ替わることなど、精神的にも物理的にもあり得ない。) しかし、この「誰か」とはいったい誰か? 上司であり、元請であり、メーカーであり、政府であり、 ・・・・・・。要するに、自分より「上の者」です。 自分を、社会の中で活かし、 社会の中での自分の居場所と役割を与えてくれる存在。 信仰(又は迷信)のようなものです。 ―これが、その「誰か」です。 自分に、居場所と意味を与えてくれる「誰か?」とは、 社会の秩序であり、序列であり、安定です。 いつの間にか常識となり、固定観念になってしまった、 社会のヒエラルキー秩序であり、共通認識でありアイデンティティーです。 政府→メーカー→下請けと「上下関係」を基にした、ピラミッド型産業秩序。 学歴と資格によって規格外の者は自動的に排除される。 個性も人格もおかまいなしです。 それどころか、個人の人格でさえも勝手に決めつけられてしまう。 (まったく恐れいるよ。) 要は表面上、「規格」にさえ合っていればよいのです。 誰も表立っては言いませんが、 誰もが暗黙の了解として無意識の内に受け入れてきた常識です。 かつての日本人の誰もが共有していた、共通の思考パターンです。 なにも、良いとか悪いとか言う問題ではありません。 肝心なことは確かに、そう思い込むことによって、 学校の成績は上がり、良いところへ就職でき、社内では出世できたということです。 〜これが20世紀という時代だったと思うのです。 そして、時代が変わり、常識が通用しなくなった。 誰もが途方に暮れている。「出口」がどこにも見当たらない。 自分自身の思考パターンを変えない限り。 ……。 _________________________________________________________________________ 私自身は、 情報(IT)革命は、技術革命だとは思っていません。 意識革命と思っています。 産業の仕組みを変え、社会のアイデンティーと共有意識(紐帯)を 大きく変革する動きだと理解しています。 こうしたことは歴史上、何度も起こっています。 明治維新前後がそうだったし、終戦直後の日本がそうでした。 かの「サッチャー革命」時代のイギリスがそうでした。 1970年代のアメリカがそうだったと思っています。 近代国家が目指した「成熟した先進国」の後の世界です。 「情報革命」という名の下に、いま目の前で起きている現実です。 いままでの常識、社会的な絆も異質なものになっていくと思います。 もはや、そうなってるというのが実感です。 三田市 中島工芸。
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